出発まで

自分が2018年の暮れに監督した短編映画『犬漏(SOLID)』は2019年にはひとまず完成し、その際に各種映画祭に顔の広い友人ジョン・バダルに相談したところ「ではフレームライン(サンフランシスコ国際LGBTQ+映画祭、クィア映画祭としては世界最古&最大級)には紹介しておく」と言ってくれたのだけど何の音沙汰もなく、まあ応募した他の映画祭も悉く落ちたのでこれが実力であろう、と再編集を施して2020年に最終ヴァージョンが完成したのですが2022年の暮れ、フレームラインのジョー・ボウマンという人からメールが来て、「あなたの『SOLID』のプレビューを観たいので送ってほしい。またFilmFreeway(映画祭応募サイト)の免費コードを送るので、締め切り前までに正規に応募もしてほしい」と書いてきた。まさか3年越しでジョンの推薦が効いたとも思えないが、ともあれ言われたとおりに応募しておいたら翌2023年の4月になったある日の早朝「おめでとうございます!」で始まる選出通知メールがジョーではないフレームラインのプログラマー名義で届いた。寝起きのぼんやりした頭で「さんふらんしすこ…いこうかな…」と既に考え始めていたのを憶えている。その時点で『犬漏(SOLID)』は台湾と英国で上映はされていたのですがパンデミック下で現地渡航はできず、いまいち実感がない状態だったのでした。行くと決めたら飛行機、これはたまたまZIPAIRというJAL傘下のLCCが6月にサンフランシスコ便を就航予定でチケットが売り出されたばかりのがあって何とか払えそうだけど問題は宿で、可能なら映画祭全期間(6月14日〜24日)と、その直後にあるサンフランシスコ・プライドパレード(6月25日)にも参加したい…となると12泊になり予算的に厳しい、と悩んでいると映画祭のホスピタリティ担当のケイトが「映画祭にはホームステイプログラムがあり、全期間の宿泊は約束できませんが現地のホストを探してみることはできます」と言ってくれてお願いしたところ14日〜21日までの8泊させてくれるホストを見つけてくれて、残りの日程はホテルを自腹で、という話になった。加えて米国入国に必要だった陰性証明やワクチン接種証明なども自分らが渡米する頃には全て必要なくなっており、手続き的には楽だけどおっかない。サンフランシスコには確かベルリンで知り合った映画監督トラヴィス・マシューズが住んでなかったっけ、とメールを出したら返事が来て、「おめでとう!サンフランシスコで会おう。あとこの時期は急に寒くなることがあるから、羽織るものを持ってくるのを忘れずに」とのことでした。映画祭のゲストFAQにも似たようなことが書いてあったので本当にそうなんだな(伏線)。今回は「プロデューサー」という肩書で同行するイマイズミコーイチは40年くらい前にLA〜SFを旅行した経験があるそうだけど「どんなだったかほぼ記憶がない」そうで、自分に至っては初アメリカである。2010年に2人でバンクーバー国際映画祭に4日行ったのが唯一の北米経験ですが、あの時は映画祭側が日本語通訳兼アテンドの人を付けてくれたので、今回は英会話をすべて自力で乗り切らねばならない。はたして英語ネイティヴの国で自分の英語は問題なく通じるのでありましょうか。海外渡航は2019年10月のベルリン以来3年半ぶりでしかも渡航先が行ったことない国であるため、映画祭とのやり取り含むすべての準備が異様にノロノロと進み、直前には曇天と蒸し暑さで体調不良になり本当に行けるんだろうか、とブルーな気分になりつつも気をしっかり持て準備に(それほど)抜けはないはず、と自分を宥めすかしてあとは飛び乗るのみ。



たまたま出発前日に買ったGUの靴下(4足990円)

2023.0614 WED

出発前日(6月13日)には福間健二さん最新作の試写が都内であり、でも前乗りするのは却って負担が大きいのでその日は一旦サイタマの家に戻って出直す。成田発だけどフライトは21時台なのでありがたい。申し訳ないと思いつつ母親に駅まで送ってもらって普通運賃の電車を乗り継いでダラダラと成田空港第一ターミナル・北ウイングにたどり着く。時間帯のせいなのか全体的に閑散としている。イマイズミコーイチと合流して搭乗券の発券と荷物の預け入れ、ここで自分がちょっとポカをする。ZIPAIRの荷物預入は基本的に全部セルフでやるのですが、荷物タグを貼るときは印字面を外側にして2つ折りにして圧着するだけでくっつくのを、自分は説明をよく読まずに無理やり裏紙を剥がしてべったり貼ってしまいスーツケースはコンペアを流れて行き、次にイマイズミコーイチがやる段になって剥がさなくてよい事に気が付いて係の人に「さっき剥離紙を剥がして貼っちゃったんですけど」「大丈夫ですよ、お客様の荷物はどれですか?」「もう運ばれていきました」「え、行っちゃったんですか!?」何がどれくらいマズいのか判然としないが、ともあれ無事の到着を祈るのみ。悩んでも仕方ないのでカードラウンジに行って無駄に保有しているゴールドカードで自分だけ一杯無料のビールを飲み、手荷物検査では何故か自分だけ2回も検査のやり直しをさせられつつも何とか通って、出国審査でパスポートにスタンプ押してもらおうと思って自動化ゲートを抜けた向こうに居た係官に近づいたらすかさず「スタンプ不要ですよ」と牽制されてしまい、イマイズミコーイチは免税店でタバコを買い(自分はほぼ止めているので買わない)、定刻通りに飛行機に乗り込む。LCCなのでフライト以外のサービスは基本的に全部オプションになるのですが、まあ面倒なので主要オプション(事前座席指定+受託手荷物1個、23KGまで+機内食)をセットにしたものにしておいた。選んでおいた席は機体の最後尾のあたりで、通常3列のところが2列になっているところなので見知らぬ人と同列にならずに気楽。ただし「本日は気流の悪いところを通るため、事前注文の機内食のご提供は着陸の2時間前を予定しております」というアナウンスが流れる。仕方がないので後で食べる予定だった持ち込みのおやつをばくばく食ってしのぐ。フライトは9時間ちょっと、言われたほど揺れはしないで機内食も本当に着陸2時間半くらい前に出て、サンフランシスコ国際空港に到着した。

今回の通信手段は日本で買ってiPhoneに設定しておいた米国T-MobileのeSIM(15日間5G通信と通話が無制限)で、既に日本で開通はされてたのだけど空港でモバイル通信をオンにしても電波を掴まず、緊急電話のみ架けられる「SOS」表示モードになっている状態で入国審査の列に並ぶ。かなり混んでいてなかなか進まない。しばらくすると米国パスポート所持者が全て通過したらしく、外国パスポートの人にそちらのゲートも開放された。ようやく前の人が審査されているのを見ることができるが、かなり入念に調べられている。事前に申請したESTA(ビザ免除プログラム用の認証システム)がちゃんとできているのか、とか考えながらネットがつながらない状態で待っているのは心理的にちょっとキツくてエスオーエス。しばらくして自分らの番が来たので2人でカウンターに向かう。担当の人は全く威圧的ではなく、「お二人はどういったご関係で」「パートナーです」「観光ですか商用ですか」「観光になるんだと思いますが自分の映画が上映されるので来ました」「ではそのチケットを見せてください」「はい」とここまではよくある感じで問題なし、指紋を取るとのことでスキャナに順番に指を押し付けていく。次に係官氏に「ドル現金は持っていますか?」と訊かれたので「はい、2ドルほど」と答えると係官氏は「2ドル?200ドルではなくて?」と大丈夫かお前、みたいな顔になったので実態を知らせるべく財布を取り出し、1ドル札1枚(10年前のカンボジア旅行の残り)と母親から昔もらった1ドル&50セント硬貨(1970年代のもの)とその他ジャリ銭を見せたら相手は大笑いを始め、他の係員まで呼ばれてしまった。「何だトラブルか?」とか言いながら来たその人もコインを見て「お〜」とか言っている。通貨として無効ではないが現在は新規発行されておらず、日常的には流通していないとのこと。「オーケー良い滞在を。あとこのコインは使わずに取っておいた方がいい」だそうで了解いたしました。最後は割と和やかな雰囲気になって終わったので、係官が開口一番「なぜ来た」と言い放ったバンクーバー(キャナダ)のイミグレよりは良い感じです。ここでもパスポートにスタンプは押さないようで、これが初めての使用となる自分のパスポートはまっさらさらです。

時差が16時間もあるので、成田を14日の21時に発っても着いたら現地はまだ14日の15時。まあまあ晴れているが、聞いていたようにかなり涼しい。どういう建物の構造をしてるんだか空港の外に出たら5Gのアンテナが立ったので次の関門、人生初のウーバーで車を呼ぶというのが待っている。イマイズミコーイチが到着階を外に出た端っこにある喫煙所で一服している間に自分はウーバーの待ち合わせポイントを探す。ホームステイ先のホストからはメールで「空港の到着階の外にウーバーの乗り場があるのでそこから乗れる」と教わっていた。探すと"Ride App Pickup"という場所があったのでここだろう。自分らはできるだけ早く映画祭のメイン劇場近くにあるパビリオンでゲスト用バッジを受け取りたいのだが、初日の今日はそこが17時で閉まるというのでホストの家より先に向かうことにする。携帯にはウーバーと、競合サービスLyftの両方をつっこんでアカウント作成してあるので試しにウーバーを開いてみる。目的地を入力し、車種と値段を確認して選んで待ち合わせ場所が現在地になっていることも確かめ配車を依頼〜待つこと数分であっという間に来た。携帯上に表示された車のナンバーと合っていることを確認してトランクを開けてもらい荷物を積み込んでから乗り込む。目的地だけ確認されたらあとは放っておいてくれるので気が楽である。車は海沿いを走り北上する。市街地に入ってからはかなり急な勾配の坂を上下するのでこういう道だと徒歩移動は厳しいかもしれない。30分ほど走って目的地のカストロ劇場に着く。ゲイタウンであるカストロ地区の中でも目立つ、1922年に建てられた築100年以上の劇場で超カッコいい。映画祭のパビリオンは番地によると劇場の隣の隣くらいのはずなのだけど…、とカストロ通り沿いに歩いてみると歩道と鉄柵扉で仕切られた、本来は駐車場らしいところに仮設テントが立っている。案内に従って中に入ると受付にケイトが居たので日本から持ってきた土産を渡し、係の人に名前を名乗ってバッジをもらう。映画祭でよくある、特製バッグを筆頭にした「映画祭グッズセット」みたいなものはなくてバッジだけなのは環境に配慮しているのかもしれない。


カストロ劇場、今日が初日なので既に演目に映画祭の名前が足されている


「パビリオン」とは要は映画祭ゲストとスタッフ用の控室兼ミーティングルームみたいなもので、時間帯によって朝はお茶と軽食が、午後〜夜はバーが開いてアルコールなどの飲料も供される。あとはソファーとテーブルがあって映画祭のプログラム冊子が置いてあるので何冊かもらう。バーのスタッフが「何か飲みますか?」と言ってくれたので水をお願いするとペットボトル入りのガス入りミネラルウォーターをくれたので喉を潤し、やっと人心地が着いた。今日はオープニング作品とオープニング・ガラ・パーティーがあるのだが、自分たちは夜のパーティーだけ申し込んだものの、タイミング悪く既にチケットがソールドアウトで入れない事が判り、まあ疲れているし会場は遠そうだし土地勘はないし、とホストの家に向かうことにする。とそこへ当のホストであるピートからWhatsAppにメッセージが来た。「僕はこれからオープニング作品を観に行くので不在にするけど、パートナーのディエゴが家で君らを出迎える。あと夜のオープニング・ガラに行くなら一緒に」とのことだったので、ガラはチケットが取れなかったので今日は家にいることを伝え、「カストロ劇場から徒歩13分」と表示された道をスーツケースを引きずりながらマーケット・ストリートという大通りを歩き始める。歩道には"rainbow honor walk"と題されたセクシュアル・マイノリティの著名人プレートが設置されているのだけど、中にはキヨシ・クロミヤ氏のものもあった。

家に向かう途中でいくつか登り坂を見かけて怯むが、結局ピートの家まで行く道はほぼ平坦で、マーケット・ストリートに面した建物に着いた。見ると一階は丸ごとバーになっていて、住居部分はその上らしい。ピートからは事前に入り口の場所(通りの裏側)を教えてもらっていたので操作盤で部屋番号を押して呼び出すと建物入口のドアが解錠した。エレベーターで上って部屋の前に付くと、若い男性がドアを開けて待っていてくれていて彼がディエゴ…のはず。挨拶をして中に入るとたいそうスタイリッシュな部屋で、と奥から犬がやってきてお出迎えしてくれる。ディエゴは「名前はバーボンって言うんだ。君たちは犬は大丈夫かな?」と言ってくれるのだけど、映画祭がホームステイ先を決める際にお互いの条件は知らされるので、犬がいるのは知っていた。バーボンは茶色の大型犬で、人懐こくて顔をべろべろ舐めはするものの全く吠えない。自分もイマイズミコーイチも犬は好きなので問題なしです。ディエゴはゲストルームに自分らを入れて部屋の説明をしてくれる。もう一人のホストであるピート(不在)はアーティストなのだけど、壁一面を彼の作品が覆っている。部屋の更に奥には独立したトイレとシャワー室があるので、お互い干渉しないで暮らせるようになっている、まあ言ってみればAirBnBとかで貸していそうな部屋である。ベッドがあまり大きくないので、別々に寝たければ一人はゲストルーム外のカウチを使ってくれてもいいけど…とディエゴは言うが、そこで寝るとなると2人の生活を邪魔しそうなので、ベッドで寝ることにする(自分の寝相が悪いのが一番の懸案事項。)

ディエゴに日本土産を渡してから、疲れたのでシャワーを浴びて少し横になります、と失礼して部屋のドアを閉める。大きな窓からはマーケット・ストリートが見えて、道沿いの両側に大きなレインボウ・フラッグが掲げられているのはプライド月間だからだろうが、ちょうどスカスカなLGBT理解増進法が成立したばかりの日本から来た身にとっては眩しい。WhatsAppには隣室のディエゴから建物と部屋のドアの解錠番号、WiFiのSSIDとパスワードに近所のおすすめレストラン、と情報がどかどか送られてくる。来ちゃったねえ、としばらく横になっていたらやがてピートが帰ってきた。50代くらいのハンサムな白人男性で、並んだディエゴの方が頭半分くらい背が高い。この度はお世話になります、と軽く話をしたのち、ピートとディエゴはドレスアップしてオープニング・ガラに出かけていった。自分らはバーボンくんとお留守番…なのだけどサンフランシスコ初日をこのまま寝てしまうのは惜しいような気がしたのでちょっとだけ夜の散歩に出ることにする。マーケット・ストリートをカストロと反対方向に進むと両側にスーパーマーケットらしい建物が見えてきたが、グーグルマップによるとどちらも閉店時間を過ぎている。更に先は何も無さそうなのでカストロ方面に引き返し、途中でイマイズミコーイチが駅の入り口らしいものを見つけたので入ってみる。ううむこれを乗りこなせるようになるのだろうか。夜になると風も出てかなり寒く、体が冷えてきたので家に戻った。

結局食べ物は入手できず、家のキッチンにあるものは自由に食べていいよ、と言われていたものの勝手が分からず遠慮もあって手を出しかねていたのだが、やがてピートとディエゴが帰ってきて「なんか食べる?」と聞いてくれたのでありがたくお願いする。ディエゴは卵を焼いてパンを切ってくれたのだけど、それだけで無茶苦茶旨い。すると爪の音をカチャカチャさせてバーボンが寄ってきた。「バーボンはパンが好きなんだよ。でもあげなくていいからね」とディエゴ。結局オープニング・ガラって何だったの?とピートに聞くと「まあパーティだね、ちょっとワインを飲みすぎた」だそうでイマイズミコーイチが期待していたような「ゲイ・クラブでドラァグショー」的な出しものは無かったようでした。あとで映画祭のflickrページに投稿されていた写真を見たら確かに「ワイン呑んで歓談」としか言いようがないもので、長旅で疲れているところに酒がどんどん出るパーティーは厳しいな、行けなくてあんまり惜しくはないかも、と言う感じではありました。まあ関係者と一気に知り合いになれる機会ではあったとは思うけど、自分はあんまり得意じゃないし。ちなみにこの写真アルバムにはピート&ディエゴも写っています。やっと腰を落ち着けて2人と話ができたので、自分は持ちネタとなった「イミグレで1ドルコインを出したら受けたの巻」の話をする。ピートもちょっと笑いながら「子供の頃は見たけどね、今は普通の店とかでこれを出しても受け取ってくれないと思うから、コレクションしておけば?」だそうでした。ディエゴは「いま普通に使われてる硬貨はこの4種(1セント・5セント・10セント・25セント)だよ」と実物をわざわざ持ってきて見せてくれた。さあ寝よう。


アイゼンハワー1ドル硬貨とケネディ50セント硬貨

目次
〜2023.0614  出発までと出発当日、サンフランシスコ到着
2023.0615-16 映画1本/『犬漏(SOLID)』上映+ひみつのラウンジ
2023.0617-18 GLBT博物館+SESSAライヴ/アジア美術館+映画2本
2023.0619-20 映画2本+TTさん/映画4本
2023.0621-22 トラヴィスその1+映画1本/トラヴィスその2+引越し+映画2本
2023.0623-24 SFMOMA+映画1本+プライド・キックオフ・パーティー/中華街+映画3本(映画祭クロージング)
2023.0625-28 サンフランシスコ・プライドパレード/帰国

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