2023.0919 星期二

 今回時差は一時間しかないというのにサンフランシスコの時と同じく自分だけ先に目が覚めてしまった。と言っても既に10時を過ぎていて二度寝する感じでもないので起き出し、一人で散歩に出かける。昔から何度も来ているスーパーwellcome(惠康)で中国茶のティーバッグとレモンチキンの素を買う。全体的に物の値段が記憶よりかなり上がっているような気がする。何ぶん暑いのであまり歩き回れず、30分くらいで切り上げて部屋に戻るとイマイズミコーイチはまだ寝ている。部屋にある3リットルも湧かせる電気ポットからお湯を入れてさっき買った鉄観音茶を淹れる。こういう安くてどうということのないお茶が美味しいのがうれしい。やがてイマイズミコーイチが起き出したので、しばらくしてからご飯を食べに行くことにする。やっぱり起き抜けはお粥かねえ、と探すが見当たらず、検索してもすぐ近くにはないようなのでいつも行っている雲呑麺屋「麥文記麵家」に変更、本当に宿から歩いてすぐなのと、隣には牛乳プリンで有名な「澳洲牛奶公司」があるので、この2店が好きなイマイズミコーイチはご機嫌である。昼飯時ということもあって外で数人が列を作って待っているが、1人とか2人の客が優先的に呼ばれて(もちろん相席である)割と早く入れた。頼むのは定番の雲呑麺と野菜の茹でたやつなので即注文・即配膳である。ああこの味、という感想しかないがとにかく胡麻油の効いた雲呑がうまい。器は小さめであっという間に食べ終わってしまうが会計してみると2人で2,000円くらいで、円安もあるけど値上がりしているねえ、とどちらからともなく言いあいながら部屋に戻る。

 6年ぶりに香港に行くにあたり何か新しい場所はあるだろうかと調べたら、西九龍文化区という文字通り九龍半島の西端再開発エリアに美術館が2つ出来ていたので今日と明日で一つづつ行くことにする。今回は現地に着いてからいろいろな人との予定が入りそうな感じなので行きたいところには早めに行っておこう。今日は2021年11月にオープンしたばかりの現代美術館である「M+」。自分らの宿からだと電車では接続が悪く、バスに乗るのが良さそうだ。バスは乗るときにオクトパスをタッチすればそれで支払い完了…したはずなのだがイマイズミコーイチに続いて自分がタッチしたあたりで運転手さんに何かを言われる。画面には料金と残高が出たはずなんだけどな…。英語が通じないので話は尻切れで終わり、バスは走り出した。最寄りの「西区海底隧道」バス停で降りると[➾M+]みたいな標識は出ているがどこを指しているのかいまいち明確でない標識で、途中で工事中の歩道に出てしまった。ちょっと困ったが、何となく美術館に行きそうな風体の人が先の方にいたので付いていくと、トンネルみたいなところに達してそこをエスカレーターで上がると美術館なのでした。正直なところ初めて来る人にはけっこう分かりづらいと思う。入ってみると中はとにかく広くて、そして涼しいので一息つく。


「M+」入口

 チケットを買う。9月30日までは夏期のディスカウント料金ということで(理由としてはよく判らないが)普段120HKDの一般料金が90HKDになっていたのがちょっとラッキーでした。特別展までは観切れないような気がするので常設展だけにする。順路でエスカレーターを上がった2階がメインの展示室らしく、広大なギャラリーがある。全部の展示物を残さず見られたのかも怪しいのですが途中休み休みで見て回り、中でも日本の戦後〜80年代の産業デザインなどが多く収蔵展示されていたのが印象的でした。こういうのは案外本国だとちゃんと保存されないことが多いので、他国の美術館に残っているというのは妙に安心する。大阪万博エキスポタワーのパーツからパルコグランバザールのCM映像まで収蔵展示されていました。あとはヴェネツィア・ビエンナーレ香港代表の作品とか面白かった。ただし窓の外から見える外の風景のほうが事によると展示物よりカッコいい、とついつい思えてしまうのは現代アートの宿命的なものかもしれません。戻ったグランドフロアより下に行くと草間彌生の巨大な作品スペースがあり、更には光る水玉球体があるミラールームには行列もできていて、自分らももちろん並んで入りましたが草間彌生が21世紀にはこんなアトラクション作家になってるなんて『クリストファー男娼窟』を読んだ頃の自分には予想もつかないことでした。

 3階には庭園があるというので登ってみる。たしかにお庭はあって絶景ではあるのですが、ほぼ日陰がなくてものすごい暑い。あちあちあち、と追い立てられるように一周し、ようやく見つけた屋根のあるベンチに逃げ込む。しかし直射日光を遮るだけでこんなに違うとは、とイマイズミコーイチはぐったり椅子に座りつつ、成田で買ったレーズン入りバターロール(カバンの中で潰れて悲惨な形状になっている)をばくばく喰っている。やがて犬を連れた老夫婦がやってきて、リードを外して犬を遊ばせているが犬も暑そうだ。自分らは来た時とは別のエスカレータで降りてみるとそこは屋外日陰の階段状になったスペースで、景色を見ながらゴロゴロできるのでした。なので速攻で昼寝するイマイズミコーイチ。美術館の周辺は整備された庭園公園になっていて、芝生の上では新郎新婦とそのご友人たちみたいな皆さんが記念撮影をしている。実におめでたい事だとは思いますが暑くないすかその格好。しばらくしてミュージアムショップに行ってひと通り眺めてから美術館を出て九龍駅に向かう…のだけどこれまた道がトリッキーで、私達はどうして横断歩道も信号もない車道を渡っているのでございましょう。まだ工事中なのかもしれないけど、もう少し導線を何とかしたほうがいいと思う。


窓の外には神田川(ではない、海)

 やっと着いた九龍駅から地下鉄で一駅、昨日も降りた香港駅を出て今日の上映会場があるショッピングモール、国際金融中心(ifc)の建物は駅とくっついているようなのだけど、もうどこがどう繋がっているのか見ても理解出来ないのでひたすら表示に従って歩く。まるで空港のようなビルの中に入って受付で「映画館はどこでしょうか」と聞くと「この階にあります。あちら方向にまっすぐ歩くと左手に見えてきます」と教えてもらってひたすら歩くとほかのショップとあまり見分けがつかないくらいの地味なチケット売り場があってそこが映画館「PALACE ifc」なのでした。スタンとはここで18時に約束しているのだけど、ちょっと早く着いてしまったのでモール内のスーパーに寄って時間を潰す。当然ながらwellcomeとは違って何でも高そうで実際高いのだが、イマイズミコーイチは「特設月餅コーナーで強力に月餅をお勧めされてしまった」そうでした。そうかもうすぐ中秋節だ。それより自分は漂ってくるドリアンの匂いに反応してそうだまだドリアンをまともに食べたことがないので今回はどこかで食べよう、と心に決める(ここのは高いので買いません)。時間になったのでさっきの劇場入口に戻り、スタンに「着いたよ」のメッセージをすると「すぐ行きます」という返事が来た。やがてスタンと一緒にやって来たのは古参スタッフのコーヤで、彼は多分2007年に『初戀』を上映した時に会ったのではないかと思うのだけど、相変わらず元気そうで何より。スタンは受付カウンターで何やら話していたが戻ってきて「全員分のチケットを受け取りましたので、ちょっと早めですが夕食にいきましょう」と歩き出した。

 入ったのは同じモール内にある粥麺屋で、というのもスタンから事前に「西洋料理がいいですか中国料理がいいですか」と聞かれて「中華!!!」と即答していたからですが、後で聞いたらもし「ウェスタンで」と言われたらシェイクシャックに連れて行くつもりだったようでそれはそれで行きたかったような気もする。ともかく今日の最初に食えなかった粥かなあ、とイマイズミコーイチはメニューを覗き込むが「えっと、このチャーハンにする」と言い、自分は肉の入った麺を頼んで残りは彼らに任せる。店には点心もあっていろいろ頼んでくれるが、中には油條(揚げパン)を腸粉で巻いてタレを付けて食べるという謎なものもあり(うまかった)、上映前にこんなに喰っていいんだろうか、と思いつつ上映でMCを務めるというスタンと打ち合わせをする。自分の英語が付け焼き刃なので本番では助けてね、とお願いしつつ断取りを確認して、サンフランシスコではMCからの質問のみだったけど今回はお客さんからの質疑応答もある(かも)と言われる。「でもあまり時間がないから、そんなに長時間ではない」とスタン。自分もその方が気楽です。そしてスタンは彼がする質問を予め教えてくれたので、まあとはお客さんから難解な質問が来ないことを祈る。


上映前

 劇場に戻る。しかし本当に空港ビルみたいだねえ、なんでだろう?とイマイズミコーイチは歩きながら言うのだが、多分直線でず〜っと伸びているからじゃないでしょうか。劇場は階段を下に降りたところにあって、席数はあんまり多くないけどスクリーンも大きくてゆったりしている。自作含む短編集はこの「International Boy Shorts: #NSFW」というやつなのだけど自分のはあんまりエッチじゃなくてどちらかと言うとギャグ寄りなので、このプログラムでいいんだろうか。チケットは売り切れと聞いていたがボツボツと空席があるのが謎である。ともあれ上映前に着席したままスタンに軽く紹介されて場内が暗くなる。今回の上映素材、DCPでと言われていたのだけどサンフランシスコで作ってもらったDCPでデータは手元にないので向こうの業者にオーダーしてもらえませんか、と担当に言ったところ「では元素材をください、大丈夫そうならそれで上映します」ということでどうなったのかと思っていたが、特に問題ないコンディションだったので安心する。同時上映作としてサンフランシスコでも一緒のプログラムだった『Big Sur Gay Porn』が入っていたが、正直に言えばものすごい良くて忘れられないようなものは…なかったです。

 上映終了後、予定通り最初はスタンが「なぜこの映画を作ろうと思ったのですか?」「出演者はプロの俳優ですか?」といったオーソドックスな質問をしてくるので、これは特に問題なく答えられた。ふと思いついて「香港って地震ありますか?」とお客さんに問いかけると会場が雰囲気で「ない」と答えてくれる。とそこへ手を上げた人が「自分はギリシャ出身なので、あなたの映画の感じは判る」と言ってくれた。スタンがお客さんから質問を募るとある人が「タイトルにある『犬漏』というのはどういう意味ですか?」と聞いてきた。そうだ中国語圏では当然想定される質問でした。「日本語で"Solid"の意味を持つ単語「堅牢」と同じ発音になるように自分が造語したものなんです。日本語話者でないと通じない言葉遊びです」と答えたが何とか通じたようだった。とここで時間切れ、ありがとうございました。客席からは香港の友達が来てくれる。あ、アーノルドだ。さっきのギリシャ出身の人は彼の友人で一緒に来たんだそうでした。「今日は帰るけど、映画祭のクロージングパーティで会えると思う」と言ってアーノルドは帰っていった。会場を出ると浮世絵柄のTシャツを着た男の子が劇中で使った楽器に関する質問をしてきたけど、「映画は面白かったです」と言ってくれたので何よりです。映画祭の看板の前で記念撮影をして、スタンとはここでお別れ。「君たちが明日観る映画のMCは自分なので、その時にまた」だそうでした。

 時間は22時前くらいで、自分らはコーヤとあとエミールというまた別の友人と連れ立って歩く。「今からパトリックと合流する」というのだけどパトリックって誰だっけ。ともあれそのパトリックは九龍駅近くにある別会場で映画祭のスタッフ仕事をしているので、そこまで電車で行って5人で何処かの店に入ろうということのようなのでとにかく付いていく。駅とくっついたショッピングモールからまた別の駅とくっついたショッピングモールの間を(海底トンネルを渡って)電車で一駅移動しただけなので、同じところをぐるぐる回っているような錯覚を憶える。合流したパトリックには確かに見覚えがあるのだけど、果たしていつどこで会ったんだっけ…、思い出せないけどまあいいや。九龍駅を出て5人で立体歩道を歩き、やがて降りて甘味屋に入る。夕飯は上映前にかなりしっかり食べたのでデザートは嬉しい。自分はタピオカココナッツミルクと薬草ゼリーの盛り合わせみたいなやつを頼んでわしわし喰う。そういや「糖朝」って閉店しちゃったんだってねえ。現地の3人が更に揚げシュウマイみたいなものを頼んでくれるのでそれも頂き、映画の話など(いま『エゴイスト』をが香港で劇場公開中)をして食べ終わり、店を出る。

 九龍駅近辺から自分らの宿までは歩ける距離(夜なら。日中は暑くて無理そう)なので何となくネイザンロード(彌敦道)の方に向かって歩く。途中コンビニエンスストアの前でエミールが「ビール飲みたい?」と聞くのでうん、と答えると「じゃあ買ってあげよう。好きなのを」と言ってくれるので、自分は香港のスーパーとかでよく見かけるフランス白ビール「1664」を選び、何故かサークルKの前で上映おめでとうの乾杯をされる。エミールは「君の映画はとても良かった。もう少し長かったらもっと良かった。短編集の他の作品は全然だったけど」と全くお追従っぽさのない顔で言うので、ありがたく言葉通り受け取る。飲みながら更に歩いて、明日は香港故宮文化博物館に行くんだ、とエミールに言うと「念のためチケットを予約しておいたほうがいい。タイミングが悪いと当日券が買えないことがある」と助言してくれるので携帯の旅行サイトAPPから翌日の14時からのチケットを購入する。佐敦道の辺りにwellcomeが見えたので寄ることにし、皆とはここで別れる。今日は本当にありがとう。ここのwellcomeは遅くまでやっているようで、イマイズミコーイチはお茶やらコーヒーやらを買って部屋に戻った。


宿のすぐ隣はなかなか壮観

目次
2023.0918 出発までと出発当日、香港到着
2023.0919 M+、『犬漏(SOLID)』上映
2023.0920 香港故宮文化博物館、ディック、映画1本
2023.0921 マカオ
2023.0922 エイドリアン、パトリック、映画2本
2023.0923 映画1本、映画祭クロージングパーティー
2023.0924 ジョナサン、クリフォード
2023.0925 帰国

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