2023.0922 星期五

 さてこれはポカを連発した昨夜の話なのだが、シャワーを浴びた時に洗面台の排水栓を何とはなしに(この辺が疲れている)押し込んだら上がらなくなってしまい、レバーも何もないのでどうしようもなく、Airbnb経由でオーナーに写真つきで連絡する。エアビーAPPのメッセージは自動翻訳されるので、オーナーが中国語で返事を書いてくるのが日本語に訳されて表示されるのですが、排水栓の件で来た返事は「こんにちは。申し訳ございません」とだけあったので???と思って原文に戻した中国語のメッセージをWEB翻訳にかけたら「後で見に行きます」という肝心な後半部分が訳されてませんでした。ちなみにオーナーには最後まで会わなかったのだけれどエアビーのレビューに「オーナーがフルーツを持ってきてくれて」という一文がユーザーの投稿にあったのを読んでからというものイマイズミコーイチは「フルーツ持ってきて欲しい」「フルーツ…」としか言わなくなっている。いつものように朝起きて自分は1人で散歩がてらスーパーに行き、今日からセール(2つ買うと2個めが半額)になっていた中国茶のティーバッグを大量に買い込む。その足で帰り道に近所のデパート「裕華國貨」地下の食品コーナーに寄ると台湾食品特集をやっており、大量のパイナップルケーキが並んでいる。ここはイマイズミコーイチともっかい来よう。


そして自分らはこのビルの何処かに泊まっているはずなのだが

 今日は友人エイドリアンと昼食を一緒にすることになっている。彼の住まいもそれほど遠くないので、お互い歩いて来られる辺りで店を探すよ、と「太平館餐廳」というレストランを紹介してくれた。行ってみると本当に近くで、店の前には行列ができている。やってきたエイドリアンによると「すごく古くて有名なレストランなんだよ、支店もいくつかある」ということで、それほど待たずに入れた。中に入ると随分と古めかしい内装の洋風レストラン、という感じ。メニューも実際そうで、日本で言うところの「洋食」に相当するものだと思う。ランチメニューのメジャーそうなところからカンで「焗葡國雞飯(Baked Portuguese Style Chicken with Rice)」というものを頼む。エイドリアンとイマイズミコーイチもそれぞれ別のものを頼み、料理が出てくるのを待つ。彼とは2007年に『初戀』を香港で上映した時に会ったのだと思うのだけど、そうすると15年以上前か。前回来てから香港は2019年からの民主化デモがあり、当然ながらその後にパンデミックを経たわけでその辺の変化はどう?と聞くとエイドリアンは「若い世代はけっこう香港を出ている。移住しやすいので英国とか、あとカナダとかかな。自分は親が高齢だし、そうするわけにもいかないんだけど…」彼はあくまで普段と同じくにこやかに話しているのだが、言ってることはなかなかヘヴィーである。

 話していると料理が来た。自分の頼んだのは耐熱皿に盛られたクリーム色のシチューと言うかグラタンのような感じのものに、別皿でライスが付いている。食べてみると辛くないココナッツチキンカレーみたいな感じで大変おいしい。後で調べたらこれもマカオ料理のレパートリーでもあるようなのでしたが確かに中華風洋食、という感じ。エイドリアンが食べてるのも平麺の、焼きそばともパスタとも言える感じのもので、イマイズミコーイチのは魚のチーズドリアみたいなものでした。エイドリアンは昔から(会社は代わってるみたいだけど)映画会社に勤めていて今も出張でメキシコに行ったりとか海外に行っていると言う。「今夜から大阪に行くんだけどそれはボーイフレンドと旅行、でも4日間しかないからユニーバーサルスタジオとかで終わっちゃうと思う」だそうでなかなか忙しそうだ。香港では今『エゴイスト』を劇場公開しているそうなのだけどエイドリアンによれば「あんまり興行成績は良くない、主演の二人が香港では有名ではないせいもあると思う」映画について彼の感想も聞いたはずなのだけど、忘れてしまった。食後にお茶を頼んで、エイドリアンにここは自分がカードで払って2人にそれぞれ現金でもらっていいかな?と訊いてみる。手持ちの現金がかなり少なくなってきたのだけど、割高になるのでできるだけキャッシングは避けたい。オッケー、と言ってくれたので財布にひとまず現金が補充される。

 ありがとう楽しかった、ご飯もおいしかったし、と店を出てからエイドリアンと写真を撮って現地解散。次の約束までちょっと時間があるので自分らは裕華國貨に寄る。イマイズミコーイチは前から「香港に行ったらパイナップルケーキを買う」と言っていて、まああれは台湾のものだけど奇華餅家のような中華菓子店でもけっこう高品質なものを売っているのでそういうとこに行けばいいか、と思っていたがそれなりに高いので、台湾直輸入のがまとまって置いてあるならそっちのほうがいいかもしれない。実際に売り場を見てみるとかなりの種類が(それも不可解なほど様々な棚に)置いてあるので判断しきれず、今日は下見だけにして買うのは後日に、ということになる。次の待ち合わせは地下鉄に乗って深水埗に向かう。待ち合わせているパトリック(初日に会ったのとは別のパトリック)はイマイズミコーイチの友達で正直なところ自分は顔を思い出せないのだが、会えば判るだろう。深水埗には面白いカフェがいくつもあるので、パトリックがそのうちの一つを待ち合わせ場所に指定していたのだった。


深水埗(シャムスイポー)の街角。

 来てみると確かに自分らがよく通る彌敦道の辺りとは違ってもっと地元感があるというか、商業施設ばかり見慣れた目には新鮮に映る。店の前で待っているとやがてパトリックが来た。彼とは『初戀』の時に雑誌の取材で来て会ったんだっけなあ…昔過ぎてもうその辺がすっかり曖昧なのですが自分はfacebookとかでもつながってないのでもう初対面みたいなもんでいいやこんにちは、パトリックはパンデミック中に日本語の勉強を始めたそうでかなり日本語で会話ができる(日本語以外にもいくつも外国語が話せるそうだ)。カフェの建物は元々布地の小売店だった場所をリノベーションしたものだそうで、パトリックいわく「この辺りは昔から布地屋がたくさんあるんだけど、洗濯屋も多い。何故ならお金のない人が住む集合住宅が近くにたくさんあって、みんな洗濯機を買うお金も置くスペースもなくて洗濯屋が繁盛したから」だそうでした。そういうエリアなので賃料も安く、最近ではこうしたカフェに改装される店も増えてきている…ってそれはまんまジェントリフィケーションのモデルケースみたいな話やないか、とパトリックに言うと「そうだね。ここもそうなってると思う」。だそうでこのおいしい紅茶もチーズケーキも何だか少し色褪せて見えてしまうのは仕方がない、だって先月はこれまた久しぶりのブレイディみかこさんと東京で会ってジェントリフィケーション(a.k.a. 再開発)の何があかんのか、という話を散々したばかりだもの、と背筋が曲がりながらちょっと伸びる。

 カフェを出て辺りを歩く。全て通り過ぎるだけになってしまうが入ってみたい小さな店がいっぱいある。テキスタイル店が多いのは西日暮里あたりの感じもあるけど、健康にあんまり良くなさそうな、そして旨そうな食い物を売っている店が次から次へとあるではないか、もし自分がまた近いうちに(加えて今よりも暑くない時期に)香港に来ることがあればまずはこのエリア(とマカオ)で縦横無尽する、と心に決める。パトリックはさっき話していて話題に出たバードガーデン(園圃街雀鳥花園)は歩いて行けるよ、と言っているので案内してくれるつもりらしい。バードガーデンはこれまたマカオと同じく2005年に来たところだけど、本来は早朝に来て飼ってる鳥を籠に入れて集まってくる高齢者のに混ざるのが本来らしいものの未だにそんな時刻に起きられたことがない。そして今はもう夕方、鳥を売っているお店も店じまいという時刻である。自分らは18年前にここに来たことを思い出し、つつも、ですね、何といいいますか暑い、といいますか、気温?が、そして、湿度?も?高い?のでしょうか、意識が、朦朧とですね、してマイル次第でございまして、と安倍晋三のモノマネが止まらなくなり、やはり軟弱な日本人には9月の香港を街歩きするのは無理なんではないでしょうか冷房が効いたところに入りたい。

 パトリックには自分らがへばっていたのはバレていたと思いますが、「夜はエレメントで映画を観るんだよね、バスで行くのがいいと思う。乗り場を調べるよ」と懇切丁寧に教えてくれてバス停まで連れてってくれて、「路線間違えないでね、またね!」と去っていったのでしたが間の悪いことに自分はおしっこがしたくなり、せっかく来たバス停からまた戻って彼方に見えるショッピングモールを目指して歩く。トイレなんざすぐに見つかるでしょう、と思っていたのが甘くて何度もエスカレータを上がってはここじゃない、を繰り返してようやく用を済ませてさっきのバス停に戻る。時間にすごく余裕を持たせておいて本当に良かったことでした。それにしてもスマートフォンと現地通信回線の組み合わせというものが無かったら、初めて来た外国人客がローカルバスに乗って移動するなんてこんな手軽にはできなかったよねえ、と何度目かの実感をする。バスの車内は涼しくひんやりしていて、ついでに2人の日本人も乗せて九龍半島を南下している。


バードガーデンふたたび

 バスはいつものように「エレメント」内部かまたは近辺の正確には計り知れない辺りで止まったので自分らは仕方なく降り、時間をかければいずれ映画館に行き着くであろう、という程度の気持ちでふらふらと歩く。どんだけ最新鋭の設備があろうがラグジュアリーなサーヴィスを誇ろうが所詮はショッピングモール内のシネコンなのでもはや個別に識別するのは無理、よってどこもかしこも同じに見えて道順を憶えられないのは全く私のせいではありません、と初手から喧嘩腰ではありますが意志と冷房の力でギリギリ文明人に踏みとどまっているので何とか映画館入口に到達する。この間ディックが奮闘してくれてようやく自分らのチケットが出てきたところなので身構えるが、今回はあっさりチケットが貰えて拍子抜けする(前回のゴタゴタを係の人が報告したのかもしれない。誰かが理不尽に怒られてないといいのだけれど)。今日の一本目はカナダ映画『ゴールデン・デリシャス』。祖父母の代から中華レストランを経営する中国系カナダ人一家の長男ジェイクは、高校時代からバスケのスター選手だった父の期待を背負って同じ高校のバスケチームに入っている。SNS好きなガールフレンドは彼との初めてのセックスを早くしたい、と迫るのだが、ジェイクは何故か尻込みしている。ある日オープンリーゲイでバスケの上手い転校生アレックスが家の向かいに越してきて、2人は学校でも家でも親しくなるが、ジェイクはアレックスのことが気になって仕方がない…という展開。ラストがちょっとイージーだと思ったけど、ともかく主人公が「自分でもハンドル出来ない感情」に振り回されてしまうさまは凄く伝わってくる。英語作品だけどもし英語でも字幕があったらもっと微妙なニュアンスが理解できただろうと思う。

 続けて二本目はシンガポール作品『♯LookAtMe』。さっぱりバズらないYouTuber(志望)のショーンはガールフレンドから「両親に紹介したい」とコンサートに誘われる。だが双子の弟でゲイのリッキーと一緒に会場に行ってみるとそれはアンチLGBTキリスト教会の説教パフォーマンスで、弟の存在を全否定されたショーンは激怒する。ショーンが牧師の説教ビデオを改変しておちょくった「悪意のあるフェイク動画」を自分のチャンネルに投稿するとそれが人生初のバイラル動画になるが、司法組織にも食い込んでいる教会の差金でショーンは逮捕され、有罪判決を受けて収監されてしまう。リッキーと母親はショーンを解放させるべくメディアに露出して運動するが…。これは好みの問題だけれど、ショーンが裁判を受けるあたりまではかなりお調子者コメディだったのが、トーンが脱臼して以降はやたらシリアスな設定の復讐譚になってしまう。もし当初の笑劇路線で最後までやってくれてたら物凄い起爆力を持った作品になったかもしれない。実際のところラストだけはギャグっぽいオチになるので尚更そんな感じがする。ともあれ俳優陣はとてもいいし、映画全体にパッションとパワーが漲っているので、シンガポールという国の特性を考えると必然の展開という事なのかもしれない。ああ映画を観た、という充足感と共に歩いて宿に向かい、途中で夕飯を食べられる店を探したけどどこも閉まっていたのでコンビニエンスストアでポテトチップスを買って、夕飯はこれとビールでいいやもう0時近くだし。


しかも主演俳優は双子を一人二役でやっていた。

目次
2023.0918 出発までと出発当日、香港到着
2023.0919 M+、『犬漏(SOLID)』上映
2023.0920 香港故宮文化博物館、ディック、映画1本
2023.0921 マカオ
2023.0922 エイドリアン、パトリック、映画2本
2023.0923 映画1本、映画祭クロージングパーティー
2023.0924 ジョナサン、クリフォード
2023.0925 帰国

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