2014.0521 WED

さて朝ご飯。今日はちゃんと時間に余裕を持って起きましたよ、と意気揚々とレストランに行ったけど相変わらずあんまり人がいないのでみんなアンコールワットの朝日でも見に行ってるのかしら。食後は部屋で支度をする時間もある、って当たり前ですねすみません。イマイズミコーイチが持って来た日焼け止めを首筋などに塗り、500mlペットの水を2本(半日廻るとなるとこのくらいは必要)カバンに入れ、洗っておいた手拭を首に巻いたら準備万端です。相変わらずむせ返るような暑さの中を出て、まだ少し時間があるので煙草を一本喫ってからホテルの門を出て左側を見ると(右側には客引きのトゥクトゥクがいる)キムくんの車が僕らを待っていた。おはようございます今日もよろしくお願いします、と乗り込んだ自分にキムくんは開口一番「昨日買ったチケット、持ってきてる?」と確認する、ということは余程忘れる人が多いのか、或いは自分らがいかにも忘れそうに見えるのか。うん、というか財布に入れっぱなしにしてたんだけど、そういや透明ケースに入れて首から下げていた人もいたなあ(ただしそう何度もチェックされないのであんまりナイスアイディアという感じはしない)。

もしここで今日はどこ行きますか、と言われても実はもう自分の予習は昨日の時点でおしまいで、後はノーアイディアなのであるが、昨日キムくんと支払いの話をした時に今日のルートは既に決まっていた。「アンコール・ワットとバイヨン(アンコール・トム)を見たなら次は更に北側を廻るルートで」と本来この人はガイドじゃないので客が行きたいというところに走ればいいのであるが自分らがごく標準的な3日間コースなのでもう大体廻るところは決まるのであろう、ではそれでお願いいたします。昨日と同じくアンコールワットを過ぎてアンコールトム内を突っ切り北大門を出て、おわ道沿いにお猿がたくさんいる(かわいいぞ)更に走って最初のプレア・カーン 【Preah Khan】に着いた。昨日のタ・プロームに負けず劣らず崩壊していて瓦礫の山。なので全然進めず横に行ってはまた戻って、と迂回ばかりで最終的に何%くらい観られたのか自信がありませんが2階建ての建造物は見つかったので見所は観た。ここもヒンドゥー教と仏教のハイブッリドなのでリンガがあったりいたします。そして遺跡敷地内には住んでいる(どうやって)人なのか、何となくその辺が「家」っぽくなっている箇所があるのだけれど結構そこには犬が居る。


根っこの所にいるのがわたくし【Preah Khan】

更に移動してニャック・ポアン【Neak Pean】に行く。人造池(バライ)の中に築かれた仏教寺院。池に渡された桟橋をえんえん歩いて行く。橋の幅は別に狭くはないけど手すりとか無いのでその気になれば落ち放題である。右も左もはてしなく水、枯木、生えてる木、で現実感が薄くなってくるが追い打ちを掛けるように音楽が聴こえてくる。道の途中に四阿があってそこで5人くらいの人が演奏をしているのだけれど、大きく目立つように「地雷による被害者」と書いた看板が掲げてある。まじまじとでもまたはちらっとでも失礼なのには変わりないが見ると片手が無かったり足が義足だったりする人が何とも柔らかい音をエンドレスで奏でているのでした。怪我をしなければこうしてここで音楽を演奏する事は無かった人たちなのだ、とややこしい思いに駆られるが自分らは観光客としての本分を果たすべく通り過ぎ(帰りにドネーションはした)、中央の池へ辿り着くと池に入らないように囲いがしてあって遠くにお堂が見え、それを取り囲むように間抜けな像が浮かんでいるので自分はすっかり嬉しくなって柵にもたれて眺めている。「ニャック・ポアン」とは「絡み合う蛇」という意味だそうです、と教えるとイマイズミコーイチは「ぼくは巳年なので涼しくて湿ってて薄暗い所がすき」と言いながらみょろみょろし始めるが、ここはあんまり日陰もありませんです。


こんなものがあり【Neak Pean】

次はタ・ソム【Ta Som】。もうルートはキムくんに完全お任せである。小さい仏教寺院だけど細長くて、入り口と反対側に行く途中でちょっとバテて休憩。レリーフが美しい。イマイズミコーイチはその辺の石(とは言え世界遺産の一部)に腰掛けて水を飲んだりその辺の痩せた黒斑の野良犬に話かけたりしているが自分はガイドブックを確認してどうも出口(というか反対側の入り口と言うか)の門が名物「絞め殺しの木」らしいと判ったのでそこまで行く。確かに門が木に付着している、といった趣ですがここで一つ問題発生、お土産セールスの子供が複数おる。昨日アンコールワットに行く前に女の子(歳を聞いたら13歳だと言ってた)に買わされた魚のマスコットをバッグに付けたイマイズミコーイチは案の定と言うか纏わりつかれて困惑している。ここでもやはり「イッコイチド~ル、サンコデニド~ル、ゴコサンド~ル」ってなんか賽の河原で石を積んでるような声が同時に進行しているが自分は写真を撮りたいので一計を案じ、物売りキッズの方をほんの少し見て(もちろん彼らは寄ってくる)ギリギリまで彼らを自分に引きつけておいてからシャッターを切る。すると撮れた門の写真には人間が写り込まないので、げに静謐な佇まいの写真が撮れました(私は何をやっておるのだ)。


筆者渾身の「絞め殺しの木」フォト【Ta Som】

ヨレヨレになって入り口に戻ると僕らのトゥクトゥクは万全に待機しているが、隣に似たような車が止まっていてドライバーとキムくんが話をしている。友達なのかな、と思って見るとそっちの車には「No.4」と書いてあってウチらの車は「No.5」、どうも同僚のようです。ドライバー氏は僕らの顔を見てちょっと含み笑ってからすかさずキムくんを指差して日本語で「アブナイ!」と叫ぶ(言われた本人は判ってるのかどうなのか笑っているだけ)のでした。ええと運転が危ないのか、本人が危ないのか。イマイズミコーイチは「カンボジア行く、とウチの父親に言ったら『一人で夜の山に行ってはいけない』と言われたんだけど連れてかれちゃうのかな」などと訳の判らないぼのぼののような事を言うのだが、どこに山があるのだ。煙草を喫ってからさて、次の遺跡に行きましょう。

まず着いた東メボン【East Mebon】はさっきのニャック・ポアンのように池の中に建っていたヒンドゥー寺院なのだけど、その池(東バライ)は干上がってしまったので陸路で行ける。四方に二段、それぞれ象が合計八頭いるので全ての象像を撮影していたら暑くて頭がくらくらしました。頂上まで上ったらかなり眺めが良くて、これで水があったらさぞかし。またこれと対となる「西メボン+西バライ」というものもありこちらは人工島と池が残っているが、建物がほぼ残っていないらしい。初日にキムくんが「池に行ってボートに乗りますか」と聞いてきたのだけどどうもそれの事を言っていたようでした。いやあそれは次回に取っておきます。


よく考えたらこの象は御年1000歳+。【East Mebon】

そこからプレ・ループ【Pre Rup】に向かう。東メボンの真正面に位置しているので、バライに水があった頃であれば東メボンから池を舟で渡り、陸に上がって数百メートル歩けばこのお寺が見えたはずだ。3連の高い塔がそびえているので直射日光に照らされながら登っていく。ここは手すりとか仮設された木の階段とかが無いのに加えてオリジナルの石段は経年で削れてつるつるになっているため、注意しないと滑りそうだ。よっこいしょ、と頂上まで達してすかさずわずかな日陰を見つけて座り込む。風が吹くと気持ちがいい。上ってきたのと反対側に降り、寺院の外周を回って入口に戻った。しかし廃墟を見ていると何ともなごみます。


巨大なソロバンのようなもの【Pre Rup】

ここで時間がお昼時、ですが自分もイマイズミコーイチも腹は減っていない。きっと昨日と同じレストランなのでお茶だけ、だけど「ランチ、行くよ」と言って向かった先は案の定おんなじレストラン、頼んだミルクティーはなかなかうまく、マンゴーは昨日の方が熟していました。茶をしばいているだけなのであっという間に終わるのですがドライバーくんも少し休みたかろう、と無意味にだらだら時間を過ごす。遺跡は大体廻っちゃったのでこの後どうしようか、とガイドブックをめくり、ああ今から行けば博物館がじっくり見られるねそこにしましょうそうしましょうと決めてからふと財布を確認すると、あれあんまり現金が無い。博物館は結構いいお値段(大人12$)なので2人の手持ちの現金を合わせてなんとか2人分出せるかな、と言う感じ。朝出る時にもちっと補充しておけば良かったホテルのセーフティーボックスには札束(ただし1ドル札の)が唸っていると言うのに。

博物館までお願いします、と告げると車は走り出す。遺跡群の木と土と石と屋台(あと時々、サル)しか無いみたいな風景がいきなり街中に変わって、しばらくして何だか判らないビルの前に車が止まる。キムくんが「博物館のチケット、ここで買ってください」と言う。え、何でここで(博物館じゃ買えんの?)とは思いつつ入ってみるとここはどうも旅行代理店のようであり、モダンなオフィスに観光名所の写真とか飾ってあるが「ミュージアム・チケット、アダルトを2プリーズ」とか言ったら何やらごちゃごちゃあり、合計24$の正価だったのでいいんですが後で博物館に行ったらもちろん普通に販売していたのでキムくん、ここを経由するように会社から言われてやがんな、とインドネシアはジョグジャカルタの、1軒利用するとその後に3軒くらい「お勧めのお店」が付いてくるみたいなのを思い出しました。でもまあ儂ら観光客ですんで、そのくらいのひと手間は別に。車に戻った自分が「博物館のチケット、買ったよ」と言うとイマイズミコーイチは「ああそうなん、何しに行ったのかと思った」と呑気な顔して煙草をふかしておるが私だって自分が何しに来たのか途中まで判ってませんでしたです。


はくぶつかーん

で、アンコール国立博物館に到着する。妙に敷地が横に長く、どうも博物館本体以外にイベントスペースとか何やら併設されてるみたい。用があるのはミュージアムだけなので本館入口の前に横付けしてもらって、降りる時に珍しくキムくんが「(迎えにくるのは)2時間半後、くらい?」と先に訊いてくるので待ち時間にどっか行きたいのかも、今から閉館の18時まで見ても所要時間はそのくらいで、では閉館する頃にまたここで、と約束してから予算が潤沢な県立博物館、みたいな感じのエントランスをくぐる。さっき払ったののレシートをチケットと引き換え、順路は2階からだと言われて階段を登ると最初の部屋では博物館の紹介ビデオを流しているがナレーションが英語でクメール語の字幕、という妙なものでした。終わるとDVDのメニューみたいなものが出てきて各国語版あるみたい、と見ていた人がみんな出て行って自分らだけになると後ろの映写室から人が出てきて「何語?」と叫ぶので「日本語プリーズ」とお願いして最初から観る。おかげさまでよく理解ができました。順路どおりに進むと最初の部屋の前に線香立てがあって実際に火がついている(一部には木造仏とかもあるわけで博物館内に火気、というのもなかなか思い切った事だとは思う)ので拝んでから仏像コーナーへ。照明も凝っていてかなりスタイリッシュな展示方法ですが、壁一面に展示された彫刻には解説が付いていなくてこれは飾りなのか、と少し思いました。その後は扶南~真臘時代からのカンボジアの歴史を編年で見せる作り。自分は古い時代の彫刻(の顔)が好みでした。要所要所にビデオコーナーがあってあんまりお客も居ないのでいちいち「日本語版」を選んではビデオ鑑賞してましたが、日本語ナレーションを編集しているのは日本人ではないらしく、音声のつなぎ方が妙なのが面白かったです。1階にも展示があってかなりな量でした(さすが12$)。堪能して外で一服して、既に来ていたトゥクトゥクに乗り込み、では今日はホテルに帰ろうか、その前にスーパーで水とか買いたい、と寄ってもらって水とビールと魚醤(これがポピュラーなのか判らないけど)を買って戻ってもらった。明日はどうするか決めていないけど取りあえずまた10時で、と約束して部屋に戻った。ああ今日も陽に当たったなあ、とか言いながら。

イマイズミコーイチはマッサージを頼もうかどうしようか、と悩んでおりスパに行かずに部屋に呼ぶと10$高いのだけど一人で行くのはなあ、とぶつぶつ言っているので自分は買ってきたビールを飲んだりしていたが、やがて決めたようで「やっぱり部屋に呼ぶ」と「日本語可」の番号に電話をしてみたら出た人の日本語がなかなか判りづらく、しかも保留します、と言って電話が切れてしまうのに難渋しつつ何とか注文をして、やがて女性のマッサージさんが来て作業が始まり、自分は何だか眠くなって、というか急激に具合が悪くなってきた。マッサージが終わってイマイズミコーイチは脱力しているがやがて起き上がって「ごはん…」と言う、のでレストランに行って注文したものの半分も食えず、結局残してしまった(のはイマイズミコーイチに食ってもらった)。食当りか飲みすぎかなあ、と持参した太田胃酸を飲んで早めに寝る事にする。明日は帰国だけど飛行機が夜遅くなので、午前中は普通に遺跡に行く(行けるのやら)。


2014.0514 出国、プノンペン1日目
2014.0515 プノンペン2日目
2014.0516 プノンペン3日目、『すべすべの秘法』上映
2014.0517 プノンペン4日目
2014.0518 プノンペン5日目
2014.0519 プノンペン→シェムリアップ1日目
2014.0520 シェムリアップ2日目
2014.0521 シェムリアップ3日目
2014.0522 シェムリアップ4日目、帰国